変わった発想

学歴は無駄ではない。ただ効率が悪いだけ

college

 

「学歴社会反対~」

 

って思う人は一定数いますね。

 

私は高卒であり、幼少期から「高校卒業して直ぐに就職するぞ!」って思っていたので、大学進学の考えは一切ありませんでした。

(幼少期の人生プランは高卒でプロ野球になることでしたが(笑))

 

学歴社会といっても今は希望すれば大学進学することは100%可能ですし、一部の大企業を除けばどのこの大学に進学してもそんなに採用試験に影響出るのかなとも思っています。

最も、大企業は希望者が多いため学歴という篩(ふるい)にかけるのが簡便かつ合理的な方法だからその手法を採用しているだけのような感じはしますが。

 

いずれにしても学歴がでいえば学歴があって無駄にはなりません。

少なくても学歴があってマイナスになることなんてほとんどありませんし、社会的には高卒と学歴を比較すればが高卒が勝るメリットはありません。

 

ですが、学歴が無駄にならないからといって、学歴取得のための勉強がいいとは全く考えていません。

勉強効率はよくて60%くらいしょう。

それを良いか悪いか判断するのは各人の主観になりますが、私自身は学歴の取得は効率が悪いと思っています。

 

学歴の議論はYESかNOしかありません。

でも、実際にはYESだけれどもNOの部分もある

 

この本質を説明している人がいないので、今回は学歴の良し悪しを抽出してご紹介します。

 

1 大学で学んだことをどれくらい活用できているのか

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 ⑴ 大学の過ごした何%が仕事の役に立ってますか

大学(高校もそうですが)から就職をした際に大学の授業内容のどれくらいが役に立っているのでしょうか。

第二言語とか講義でありますが、そんなのは役に立ちませんし、実際に必要になってから勉強した方がよっぽど効率がいいです。

 

一昔前の大学の交友関係は新しいコミュニティを作るのに最適な環境でした。

でも、インターネットがこれだけ普及した現代において大学のコミュニティは小規模であり、自分の趣味にあう人を集めたいのならSNSで集めた方が効果的かつ効率的です。

 

そう考えるとその大学にしか存在しない科目が無ければ大学進学の意味が無い気がします

(決して無意味ではありませんが)

 

 ⑵ 就活解禁日?高校生は3年の9月でも早いですが

大学生の就活解禁日は現行4年生の6月からですが、それが2020年で廃止になるみたいです。

法律上の制限ではないので別に関係なかったのですが、それに伴い学生も採用する企業側も行動する時期に変化が出てきます。

 

でも、それって大学生だけの話ですよね。

 

私は高校時代に公務員試験しか受けなかったので就職活動はしなかったのですが、同級生は夏休みに就職をチラホラ考えて、9月以降に動き出すのが普通でした。

少なくても大学生よりかスタートが3か月遅いです。

仮に12月に採用されても就職までに3か月間も期間があります。

 

大学生は何でそんなに早くから始めるのか不思議です。

もっとも、入りたい企業があるなら4年生の6月の就活解禁日なんて無視してしまっていいですし、(経団連はIT企業は無視ししてると言ってましたし)そもそも何十社と採用試験を受けるから双方が疲弊するような感じがします。

 

逆に1年生の時から行きたい会社は考えないのでしょうか。

多分ほとんどの人が「よーいドン」のタイミングが一番楽だから時期を定めているだけではないでしょうか

自らの力が劣っているのであれば同じやり方をしても勝てません。

それならばゲリラ戦が可能になる就活解禁日が廃止になるのはむしろ追い風ではないでしょうか。

 

 ⑶ 学歴以外でも活用されるスキルは学べているのか

大学に進学していない立場で申し訳ないのですが、大学で何を勉強しているかがわかりません。

 

医学生であれば医学の勉強をしてるのは理解できますし、士業(弁護士、税理士)に携わるために法学部の試験を受けるのは理解できます。

それ以外は正直わかりません。

 

各学部は存在しますが全てその学部に沿った就職先を選択しているのでしょうか。

 

偉そうに言っている私ですが、私は高校は工業高校で、工業とは無関係の税務署に就職しました。

 

それでもまだ高校時代です。

 

就職の先延ばしの為の進学の理由もわかりますが、大学に通う4年間の期間で専門的なのスキルを学んだ方が社会に出てから使えるのではないでしょうか。

 

 

2 受験勉強が100%無駄になることはない

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 ⑴ 「夢が無い」なら受験勉強した方がいい

ここまでは否定的な文書になりましたが、かと言って私は大学進学を否定はしません。

逆に、特に何もやる目的が無いのならキチンと受験勉強して大学に進学した方が絶対にいいです。

 

受験勉強自体の意味は確かに無いかもしれません。

ですが、勉強する集中力目標に向かう努力試験に必要な記憶力

それらは全て受験勉強で養うことができます。

 

受験勉強以外でそれらを養うことができるのであれば受験勉強自体に必要性はありません。

ですが、何も目的もなく養うことは困難です

 

それならば、ダラダラしないで受験勉強している学生の方がよっぽど自己研鑽として努力をしてますし、相対的に難関校を卒業した学生の方が優秀になります。

 

 ⑵ 受動的な社会なら受動的な勉強方法が一番効果的

時代は変化していますが、それで動きはごく一部。ほとんどの企業や学生は一昔前と同じ活動をしてます。

 

会社に就職し、会社の指示される仕事に従い、定年退職をする。

 

この生涯プランを立てるのであれば、大学受験をして就職するのがもっとも効率的です。

就職先や進学する学校は自分で決めていますが、それ以外は全て自動的な処理に任されています。

 

点数が良ければ合格し、学校が良ければ就職採用され、大きなミスを犯さなければ定年まで働ける。

その流れに能動性は一切なく全て受け身(受動)でクリアできる環境です。

 

それが自分にとっての最適解なら何も問題ありませんし、無理して変化する必要はありません。

ただ、受験勉強をし、就職活動をして、定年まで同じ会社に勤めるのに疑問を持つ人はいずれかに変化をもたらす必要があります。

 

 ⑶ 高卒のほとんどが、勉強したくないから進学しないだけ

自分のやりたい事を自覚し、自分の頭で考える思考があるのであれば、高校すら行く必要はありません。

国も中学までで基礎知識(義務教育)は補完できているとの認識ですので。

 

でも実際にそんなにきちんと考えている高校生がどれくらい人がいるでしょうか。

仮に7割が考えてたとしても、3割は何も考えていないです。

その3割が社会に放たれたら自力で活路を見出すのは難しいです。

 

大学に進学することによって時間と知識の補完により感がる術が見つかるケースもあります。

大学進学を頭ごなしに否定するのもいいですが、大学進学がなくなってそのまま無知での放たれ、最悪路頭に迷う人が一定数増加することも考慮しなければいけません。

 

 

3 受験勉強が否定される理由(ワケ)

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 ⑴ 能動的に動ける人にとっては受験勉強は無駄の極み

受験勉強ではある種強制的に知識を入れるトレーニングを行いますが、受験勉強自体が効率的な作業ではありません。

最初からやりたい研究があるのであれば高校時代からその研究についての勉強をした方がよっぽど効率がいいです。

 

日本ではスポーツを始める際には1種類に集中させる文化がありますが、勉強において1科目のみに集中するわけにはいきません。

仮に大学のスポーツ推薦で野球サッカーバスケットの実技試験があったらどうでしょうか。

野球の推薦なのにサッカーとバスケットは無関係ですよね。

それが中学校ならまだ理解はできますが。

 

勉強も同様です。

高校受験までは多科目の試験を行う理由はまだ理解できますが、大学は専門的な知識を構築するために存在すので特化した1科目だけあれば十分なはず。

それを多科目の点数をクリアしなければいけないのは選択と集中ができていない証拠です。

 

 ⑵ 記憶装置は脳から機械へ変わった

昔は人の記憶する力が必要でした。

取引先に交渉する場合も知識がないといけませんでした。

しかし、現代には機械があります。Googleがあります。

知識を人間が持つ必要はありません。

 

今必要なのは、知識を引き出す方法と利用する方法です。

受験勉強は知識を入れる作業は行いますが、知識を引き出す作業と知識を利用する方法には長けていません。

 

なので、受験勉強に費やす時間を知識の引き出しと利用に充てた学生がいた場合、企業として価値は高いのは後者の人材となります。

 

 ⑶ 受験勉強が無意味な事はない

と、言いつつも実際のところ何も勉強も努力もしていない人が一定数存在するのも確かです。

受験勉強の必要性が無くなたら勉強しない比率は格段に上昇するでしょう。

 

平均的に能力を伸ばすのであれば受験勉強は最適化もしれません。

ですが、突出した人材を生み出すには受験勉強の期間は非効率です。

 

逆に突出した自在を生み出すのであれば自由な環境を提供する必要があります。

でも、自由な環境の使い方を教えてもらえない子どもは今以上に苦労することになるでしょう。

 

それこそ受験勉強をした方がまだマシな状態に。

 

 

4 学歴社会はまだ平等的

 

私は大して学が無い人間ですが、身分社会から学歴社会になった歴史を考えれば学歴社会は本当に平等です。

身分社会が淘汰されたように、学歴社会が浸透してきた世の中であるからこそ、学歴社会が否定される部分も出てきました。

 

学歴が必要かどうかは人それぞれです。

 

極論、結婚相手の親が学歴を一番大事する人であれば学歴は必須になります。

(結婚に親の了解は不要との議論は別として)

 

その親の考えがどうこうではありません。

現実に必要な場面に直面したらそれに対応するしかありませんので。

 

全ての人が自分の頭で考え行動できるのであれば学歴は不要です。

ですが、全員がそうなるのは不可能なので、学歴が必要な社会もあってもいいです。

 

自由を推進する人が学歴を否定するのもおかしな話です。

自由であれば学歴を専攻する自由のが筋です。

 

全ての物事には良い面と悪い面が同居しています。

自分にとってどちらの側面が強いのかを判断するのが一番必要なのかもしれません。

 

 

 

ご参考になれば幸いです!